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東京高等裁判所 昭和50年(ネ)1801号 判決 1977年3月31日

控訴人(附帯被控訴人)

東箱根開発株式会社

右代表者

松下三佐男

右訴訟代理人

佐々木国男

外二名

被控訴人

楠田昌男

被控訴人

松村初義

右両名訴訟代理人

安養寺龍彦

外一名

被控訴人(附帯控訴人)

水越久三

主文

本件控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の、附帯控訴費用は附帯控訴人の、各負担とする。

事実《省略》

理由

一当裁判所の判断もまた結論において原判決と同一であり、その理由は、次に附加訂正するほか原判決理由の記載と同一であるから、これをここに引用する。

二原判決理由二を次のとおり訂正する。

二 被控訴人らは、各賃金月額は基本給金八万円のほか勤続手当金七万円を合計した金一五万円であると主張し、控訴人は、右勤続手当は賃金ではなく一年未満で退職した被控訴人らに対しては支給されないと主張する。

(一)  この点についての事実認定は、次に附加、訂正、削除するほか、原判決理由二(一)の記載と同一であるから、これをここに引用する。<中略>

(二)  そこで、進んで右の勤続手当の月割前貸の形式で交付される金員が労務の対価たる賃金の性格をもつものか、文字どおり契約所定の一定期間勤続の条件をみたした場合にのみ支払われる報奨金的性格のものであるかについて検討する。

前記(一)で認定した諸事実に照らして控訴人会社における従業員に対する給与の実態をみると、(1)基本給および本件手当を除くその他の手当(これは一般の雇用関係に通常みられるものである。)の合算額は、控訴人代表者自身当審における尋問において自認しているように、最低水準に近い金額であるのに対し、前記勤続手当の月割額は、いずれも基本給の額またはこれを超えて前記その他の手当との合算額にほぼ匹敵し、中には更にこれを超えるものがある等手当としては異例の高額であり、しかも勤続期間の長短とは無関係に、またその他の事情をも考慮することなく機械的に一定金額として決められ(もつとも雇用当初の三か月間だけは月割額が一回目は平均額の三分の一、二回目は二分の一、三回目は三分の二と漸増的な形で低くされているが、これは<証拠>からも窺われるように、右期間が一種の試用期間的性格をもつとの考慮によるものと認められる。)、しかもそれが条件成就時にではなく、前貸形式で月割平均にして一定額ずつ毎月正規の給与額とあわせて交付されるという仕組みになつていること、(2)右交付は、前貸希望者に対してのみなされるものではあるが、前記のように正規の給与額が極めて低水準であるため前貸を希望しない者はほとんどなく、控訴人は当然この間の事情を計算のうえ右のような方式を採用したものと推認され、現に従業員の募集に際し、応募者の申込の意思決定につき最も重要な要因となる給与条件については、勤続手当の月割額を折り込んだ金額が実際に入手しうる金額として提示され、応募者はこれに依拠して、採用申込をしていると認められること(本件被控訴人らが月給一五万円という新聞の求人広告をみて応募した者であり、入社後控訴人から受けとつた金額が正規の給与と勤続手当の月割額とを合算してちようど右の一五万円になることは前述のとおりであり、反証のない限り、他の従業員の場合も同様であつたと推認される。(3)また前貸希望者に対しては右の金額がそのままもれなく支給されていること等の諸点を指摘することができる。控訴人会社がこのような極めて異例な給与方式を採用した趣旨、目的につき、控訴人は、従来不動商取引業界においては取引従業員が短期間の腰掛的勤務をしたり、他の取引業者との間に二重三重の雇用関係を結んだり、取り立てた手数料を領得したりする等の弊害がみられることにかんがみ、ある程度の期間の継続的かつ専属的な勤務確保し、あわせて不正行為を防止するために勤続手当の制度を設けたものであり、希望者に対して毎月その月割額を交付するのは、正規の賃金額が比較的低額であるため従業員に対する生活補助の趣旨に出たものであると主張し、<証拠>にもこれに沿う部分がある。しかしながら、本件手当およびその月割金の前貸の制度採用について、右主張のような動機、目的が存することを全く否定することはできないとしても、その目的はこれのみに尽きるものではなく、前記(一)で認定した諸事実に照らして考えるときは、控訴人は、自己にとつて有用な社員を厚遇をもつて獲得、確保する反面、あまり役に立たない、また意に沿わない社員は最小限の出捐をもつて放逐するという雇用政策をたて、そのための手段として、上記のような勤続手当およびその月割額前貸の制度を採用したという面が存することを否定することができないのみか、むしろそれが主たる目的をなすものであり、さらにいえば、控訴人は、一方においで社員が現実に入手しうる給付金額として前記合算額を提示することにより応募者の入社意思を固めさせるとともに、他方では退職させようとする者に対する関係では控訴人の実質負担額をできるだけ少ないものとすべく、そのための直載簡明な方法として期間中途退職者に対し既払賃金の一部の返還を約諾せしめることが労働基準法五条、一六条等の違反に問われるおそれがあることをおもんばかり、これを回避するために給与額の約半分に相当する金額についてこれを一年間の勤続を条件として支給される勤続奨励手当の月割額の前貸ということにして正規の給与分とあわせて支給するという本件給与方式を案出、採用したものと推認するのが相当である。

右に述べた本件給与方式の趣旨、目的およびさきに指摘した諸特徴を具有する右方式の実態を総合し、かつ、控訴人会社に入社する者は、入社後にはじめて当初提示された給与の一部がいわゆる勤続手当の月割額の前貸という形式で交付されるものであることを知らされるが、一年勤続すれば結局は同じであると説明を聞き、また一年の勤続は自己の当然予定するところであり、それは格別困難なことであるとも思われないところから、結局において右の形式にこだわらず雇用契約書に署名押印していること、を考慮するときは、右勤続手当の月割額の交付をその額面どおりに一定期間勤続した者に対して給付されるべき報奨金の前渡しとみるのが事の実相に適合するものでないことは明らかであり、むしろそれは、実質的には正規の給与と同じく労務の対価として支払われるもの、その意味において賃金の一部たる実質をもち、前貸形式でされる右月割金額の給付は賃金の支払に相当するものとみるのが相当である(前記のように試用期間に相当する入社当初の三か月の期間について右月額金額が減ぜられているのも、この解釈の裏づけとなるといえる。)。そして右勤続手当の月割額の交付がこのような性質のものと解される以上、さらに進んで、被控訴人らは、控訴人に対し、雇用契約上(該契約の形式的文言にかかわらず)自己の給付した労務の対価として正規の給与に右月割給付金額を加えたものを請求する権利を有するものと解すべく、また、勤続期間一年未満で退職し、または解雇された場合にすでに給付を受けた賃金の一部である月割給付金相当額を控訴人に返還する旨の約定部分は無効で、被控訴人らはかかる返還義務を負うものではないと解すべきである。

けだし、実質賃金の一部を一定期間の勤続を条件として給付される勤続手当の前貸という形式で交付する前記給与方式は、さきにも指摘したように、勤続一年に満たない中途退職者(または被解雇者)に対しては賃金の一部を支給せず、またすでに支給した賃金の一部を返還する義務を負わしめるというのとその実質的内容を同じくするものであり、後者のような約定が、あるいは一定期間の就労を強制するもの、あるいは契約不履行に対する制裁約定であるとして、労働基準法五条または一六条に違反し、その効力を否定されるべきものである以上、前者の給与方式についても、上記のような解釈をとらない限り、結局において使用者が賃金の一部の支払義務をまぬかれ、労働基準法の右規定の趣旨を潜脱する結果となるのであつて、その不当なことは明らかだからである。<以下、省略>

(中村治朗 蕪山厳 高木積夫)

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